瞑想の定義と波動調整®

 

いつもお世話になっております。

 

まなお でございます。

 

この考察シリーズでは波動調整®について

さまざまな角度から考察しています。

 

それでは今日もリアルなところを語って行きたいと思います。

前回のおさらい

 

前回から『瞑想』を通しての

 

波動調整®に関する考察を開始致しました。

(前回記事はこちら:瞑想と波動調整®の前提)

 

前回は『瞑想』の前提として

 

 

“瞑想”とは“する”ものではなくて

“瞑想”とは“なる”ものである。

 

 

というお話をしました。

 

常に気づきをもって

 

日常の振る舞いに意識的になること

 

 

“瞑想をする”ではなくて

 

“瞑想になる”ということ

 

 

そういう意味で

 

『瞑想』で目指していくところは

 

“日常を“瞑想”的に過ごすこと”

 

 

波動調整®でしていくこともまた

 

日常において在り方に気づいていくこと

 

 

そういう意味で

 

“瞑想”  ≒ ”波動調整®” 

 

というお話をしました。

今日の本題

 

前回の内容を踏まえまして

 

今日のテーマは

 

『瞑想』の定義について

 

 

まなおが以前、こんなテーマの講演を拝聴しました。

 

“『自己否定』ー瞑想と祈りに通底するものー”

 

 

その中での『瞑想』の定義としてお話されていました。

 

『瞑想とは自分の心身の意識化である』

 

別の言い方をすると

 

日頃は意識していないもの

明確に意識することだともおっしゃっていました。

 

 

もちろん意識とは「考える自分」=思考ではなく

 

瞑想によって自分の「心」と「身体」が

明確に意識化されていくような

極めて明晰な意識状態が出現してくる。

 

さらに“意識の純化”が起こっていき

 

考える主体である理性というものも

完全に意識化の対象となっていく

 

理性や言葉の束縛を超えて

言葉による思考をせずに思考がされる

 

=純化された意識は”直観”する

 

 

瞑想することによって

身体や心に働く必然性から意識が自由になっていく

これが瞑想における『自己否定』の1つの到達点。

 

というのが講演の中での前半部分のお話でした。

 

 

『瞑想』の定義をもう一度

 

『瞑想とは自分の心身の意識化である』

 

 

ここで忘れてはいけないのが

 

前回の“瞑想になる”ということ

 

“日常を“瞑想”的に過ごすこと”

 

瞑想をしている時だけに意味があるのではなくて

その感覚で日常の振る舞いも意識化していくこと

 

 

“瞑想”  ≒ ”波動調整®” ならば

 

『波動調整®とは自分の心身の意識化である』

 

とも言い換えることも問題はないでしょう。 

 

 

波動調整®とは具体的な意識の扱い方

 

日頃、無意識に“してしまっている”ことに

“意識的になっていく”ためのプロセスです。

 

そのために波動調整®の施術・観察というものがあります。

 

 実際に施術の経験を深めていくと

心・言語・思考に囚われることなく

明晰な意識状態を体験することもあります。

 

 

『直観』を受け取りやすい状態に

(クリエイターからのオーダー)

意識を整えることが波動調整®ですし

 

 

波動調整®とは

意識の純化のプロセス

 

 

とも言うことが出来ると思います。

 

そして『自己否定』に至っていくこと

 

 そこも共通項と言えるはずです。

 

そこについてはまた次回にしたいと思います。

 

今日は『瞑想の定義』というテーマで考察してまいりました。

 

また次回以降も【まなおが語る波動調整®のリアル】をお楽しみに

 

特に手続きなく移行されますが、その旨ご了承ください。

 

 

今日も長文を最後までお読みいただきありがとうございました。