量子論と般若心経とノンデュアリティ

 

いつもお世話になっております。

 

まなお でございます。

 

この考察シリーズは波動調整®に興味を持って頂いた

本当に熱心な読者の方ばかりで嬉しい限りです。

 

 

さて、それでは今日も波動調整®についての

リアルなところを語って行きたいと思います。

 

ここまで続けてきました

量子論に絡めた波動調整®の考察

いよいよ佳境に入ってまいりました。

 

(前回記事はコチラ:量子論と引き寄せと思い込み

 

 

量子論の解釈は魔境に陥りやすいものです。

 

都合よく世界を切り取れてしまうので。。。

 

今日は量子論悟りというテーマで話していきます。

 

色即是空

 

空即是色

 

 

これは般若心経の有名な1節

 

色:現象化して目に見えるものは

空:すなわち目に見えないものなり

 

空:目に見えない領域は

色:すなわち目に見えるものなり

 

これがそのまま

 

量子論で言われる

 

物質の二重性

 

『波動』としての側面

『粒子』としての側面

 

目に見えないもやっとした可能性の波と

意識によって波束の収縮が起こり粒子となる。

 

『陰陽』という順番で表現されるとおり

目に見えない領域が目に見える領域に先行している

この世界は目に見えない領域に支えられている

 

このように“色即是空”“量子論”に結びつけるのは

 

これは天外伺朗さんや雲黒斎さんの本でも書かれている

スピの人たちの中ではごくごく定番の表現の仕方です。

 

 

確かにそうなのかもしれません。

 

ここから先があまりに安直になりすぎる人がいます。

 

すべては『空』

 

つまり、この世界は『幻』

 

これはノンデュアリティに通ずる考えです。

 

私たちが体験を通して感じる世界のすべてを

“それは全部、幻想だから”で片付けてしまう

 

とても乱暴な悟りの境地

 

ノンデュアル non-dual

 

非二元=分離がない世界

 

つまり、

 

すべては1つであること。

 

確かにすべては1つなのかもしれません。

 

しかし、この現象の世界では有り得ないことです。

 

私たちが私たちとしてこの世界にある限り

そこは2元によって認識がなされる世界ですから。

 

 

すべては1つ・すべては幻想

 

こういった一見すると美しく思える世界観は

受け入れられやすい反面ともすれば虚無に落ちていく

 

それは私たちの体感できる世界の実態とかけ離れているから。

 

確かに、元はすべては1つなのかもしれない

 

しかしながら、この世界では1つにはなり得ない。

 

そしてすべては幻想ではなく私たちの生は『実』だからです。

 

ノンデュアリティの押し付けは怖いものがあります。

1つになることは強要されるものでもないはずですから

 

 

ここは『空』の部分を強調した『悟り』です。

 

また一方で『色』を強調する人たちもいます。

 

すべてが幻なら自由に『色』を付けて良い、と

 

そうして世界を好き勝手に意味づけして

極めて利己的に世界を造り出し続ける人たちです。

 

それが前回までお話したような

創造主はなんでも与えてくれるみたいな

造物系の教えを間に受けている人たちです。

 

それ自体が荒唐無稽の”転倒夢想”です。

 

世界を転倒したままに捉えている

というか夢想の中に囚われている

 

『色』が一切の『苦』を造り出しているのに

『色』を強めて『苦』を強化してどうするの?

 

思い込みのフィルターを外していくことです。

 

自らの造り出しているマトリックス

妄想世界から脱却していくことです。

 

分離を極めていくところから

統合へと向かっていくことです。

 

二極に分離したものの差を取ること

 

差取り = 悟り

 

こういった考えもあります。

 

(ノンデュアリティ系の人は好きです)

 

でも、それで思考を停止させてはいけない。

 

そこで終わりにしてはいけない。

 

頭の中で全部同じって思い込むことは

差を取ることにはならないはずです。

 

 

極に分かれたものを目一杯に体験してこそ

その葛藤を味わってこそ統合が生まれるのです。

 

でも、それは一度で終わりではなくて

絶えず葛藤し、その都度受容し統合していく

それが人生という瞬間の連続における

 

私たちの進化のプロセスなはずです。

 

波動調整®は人生における統合のプロセスです。

世界の幻・自らの造り出している幻を
マインドを使いこなし見破っていくことです。
すべてが幻だからと実を手放していくのではなく、
極性の3次元世界という『実』の世界を
フルにリアルに体験していくプロセスです。
真正面から味わい悩み苦しみとことん葛藤して
そして、
自らの体験を通して統合を腑に落としていくことです。

色即是空

 

空即是色

 

量子論

これらの世界の仕組みを踏まえたうえで
何かの悟ったような気になって終わりではなくて、
そこから世界を好き勝手に造り出すのでもなくて
目の前に展開される日常を大切に過ごすことです。
物質世界の中で『造物主』としてではなく
『創造主』=自分の本質の創り出したものに
拒否・抵抗せずに最大限に体験してくことです。

 

いつでもちょうど良く展開されている目の前の現実を
自分の存在で謙虚に丁寧に意識的に過ごしていくこと

 

 

悟りとか量子論とか、どうでも良いのです。

スピリチュアルもノンデュアリティもどうでも良いのです。

 

そうした表面的な探求を終えて

 

自分の目の前と向き合い続ける

自分の道をまっすぐに歩き続ける

 

というスピリチュアリティに根ざして

自分という存在で世界を体験していくことです。

 

それが波動調整®というものの実践なのです。

さて今日は般若心経の1節と量子論を絡めて

非二元・悟りというものからスピリチュアリティについて

波動調整®という生き方について考察をしてまいりました。

 

また次回も違った角度からお話を深めていきたいと思います。

今日も長文を最後までお読みいただきありがとうございました。